アスペルガー

アスペルガーの「不登校」→「フリースクール」という選択(息子-15)

よく「自分がされて嫌なことを他人にしてはいけない」と言います。

でも、アスペルガー症候群の太郎は、自分がされて嫌なことが他人とは異なっています。

「自分がされたら嫌なことを他人にしてはいけない」と、いくらアスペルガーの太郎に繰り返しても、太郎の社会性は育ちません。

「この人は、こうされるのがイヤ」「その人は、また別のこれがイヤ」といった具合に、相手ごとに覚えて行くようなことを、太郎はしていたようです。

成長につれて記憶の容量が増えることで、一時期は、だいぶマシになりました。

でも、膨大に蓄積することが、周囲との関係を全然楽にしてくれないことに、そのうち気付いてしまいました。

そして、太郎のアスペルガー症候群のことを、どうしても理解できないタイプの先生に出会ってしまいました。

子供として出会う担任の先生がそうである場合、子供には勝ち目はありません。

太郎は、学校で問題行動を繰り返すようになりました。

アスペルガー症候群の人の「良いところ」を見つける

アスペルガーの太郎の学校生活がうまくいかない時、たくさんの先生方に支援をいただきます。

学校現場に出来るだけ負担の少ない形で支援していただけたらと作戦を練り、やんわりと私は「営業」を繰り返します。

その中で、「良いところ」を見つけるのがとても上手い先生方に出会います。

この能力はおそらく、教員としてのベテラン度や、発達支援の専門知識の多少だけでは測れない類のもので、はっきりと定義できない種類の実力として、クラス運営や生徒指導に活かされています。

太郎のアスペルガー症候群ように、発達にバランスを欠いた子どもたち(特に、周囲も含めて思春期を迎えるころ)は、この「良いところ見つけ」の上手な先生の目の届く範囲で、学校生活を送る必要があります。

アスペルガーの太郎たちが持つ弱点が問題に発展した時、何がいけなかったのかを本人に指導するタイミングを逃さずに指導することができるからです。

担任の先生がそうであれば理想的です。

そうでない場合は、担任を補佐して、もしくは担任制の枠組みを超えて「介入」して行ける仕組みや人員が必要になります。

この「良いところ見つけ」の上手な先生の指導を、上手でない先生が参考にするのはチャンスのはずですが、現実的には、そう上手くは行かないようです。

アスペルガー症候群や他の発達障害の子供たちが、将来大人になった時に、理解者や寛容な人にばかり囲まれて生活することは、現実的には不可能です。

それでも、大人になれば、さらっと付き合いができるようになったり、助けを求めることができるようになったりして、生きて行きやすくする工夫はたくさんできるようになります。

その基礎作りとして、特に小学生の時期に、心の健康を損なわずに成長する必要があると思います。


アスペルガー症候群を受け入れられなかった、担任の先生

太郎は、本当に良いめぐり合いをする子だと思います。

幼稚園時代から中学校時代までを考えて、指導する立場の大人たちには、本当に恵まれました。

そして、基本的にとても可愛がられます。

太郎のアスペルガー症候群だけでなく、他のタイプで発達にクセがある子供たちも同時に存在する教室の中で、先生という仕事は本当に大きな度量を求められます。

子供の発達のばらつきをものともせずに、クラスをまとめ上げて子供を成長させる(上記のような)先生に、太郎は多く出会って来ました。

これを強く実感するのは、そうではなかった先生に小学校5年生の時に出会ったからです。

それは、50代女性の自他ともに認める「ベテラン」の先生でした。

太郎のアスペルガー症候群のことについて説明したくても「お母さん、大丈夫です。似たような子を何人も育て上げましたから、私は分かっています。」と言って、とうとう実質的な面談は、最後までかないませんでした。

当初は、「おお、なんと頼もしい。」と思いましたが、そのベテランという自負が、一番の「クセモノ」なのだと思い知りました。

結局、アスペルガーの太郎や発達にクセのある他の数人の子供たちを、その先生は最後まで受け入れることができませんでした。

頭ごなしに怒り続け、「悪者」として晒し、排除しようとしました。

「悪者チーム」は、問題行動を繰り返すようになり、先生との報復合戦が教室で展開されました。

その先生を、I先生とします。

「不登校」という決断をして「フリースクール」へ

太郎は、5年生の10月から年度末の3月まで、自宅から電車で30分程の場所にあるフリースクールに通いました。

アスペルガーの太郎が、登校拒否をして引きこもった状態に陥る前に、親の主導で「不登校」を開始し、すぐにフリースクールに移行しました。

学校に行くことで太郎自身の気持ちがすさみ、問題行動を繰り返すようになってからでは、それを止める方法が私には他に思いつかなかったからです。

「このまま学校に行かしてはダメだ」という直感に従って、ずいぶん思い切ったことをしたとは思いますが、これが結果的には「英断」になりました。

そのフリースクールは、元小学校教師の女性とお寺の住職である御主人が中心になって運営されていました。

不登校や引きこもりに陥った子供たちを外に引っ張り出し、気持ちに寄り添い、ゆっくりでも学校や社会に復帰させていくという活動をされています。

精神科の医師や臨床心理士など、専門家のサポートを積極的に取り入れてはいますが、基本は、肝っ玉母さんと怒ったら怖いお父さんの愛情で、子供たちは回復していきます。

太郎は、本当に手取り足取り、時には取っ組み合って、本気で指導していただきました。

フリースクールでの半年間で、子供らしい笑顔を取り戻しましたし、何よりも「周囲の人の心」に配慮することが何よりも大事だということを、太郎に分からせてもらえました。

6年生で学校に復帰し、中学受験を頑張り、中学校も頑張り通すことができたのは、このフリースクールの先生方の本気の指導のおかげだと思っています。



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