アスペルガー

アスペルガー症候群の子供を育てるということ

子供が、アスペルガー症候群などの自閉症スペクトラムや発達障害という特徴を持っていると分かった時、親の反応は大きく二つに分かれます。

「受け入れる」か「否定する」かです。

子育てを後悔しないためにも「受け入れる」

親自身の立場だけから見るならば、「否定する」心理は良く分かります。

実際、理解する必要のない周囲の人々(私の親戚のような人々)から見れば、否定してこそ親の愛です。

現実的に、仕事と子供のケアの両立は、格段に難しくなります。

我が子が、いわゆる「普通の子」ではなかったと認めるのは、かなりハードルが高いです。

しかし、そこに子供の目線(感じ方)を登場させることで、「受け入れる」という方向性の価値がグッと上がります。


まずは、ケアを始める

まだ子供自身が小さいと、自我も幼いので、親のコントロールも効きやすいですが、それにも限界が来ます。

その子の笑顔や成長を優先してあげるために、アスペルガー症候群などの自閉症スペクトラムや発達障害の可能性が出てきたとしたら、診断が確定していなくても、まずは「そうかもしれない」と考えて、一旦ケアを始めてあげることをお勧めします。

もしかしたら、成長過程で吸収される程度の発達の乱れかもしれませんし、もし「そうであった」としても、後の状態を大きく楽にしてくれると思います。

アスペルガーかもしれないということを「受け入れる」ことで得られる最大のメリットは、「後悔しなくてすむ」ということです。

二次障害

最も恐れるべきは、二次障害です。

子供の感じ方を想像せず、訓練と矯正で子供時代をすごさせることで、ある日突然、子供の心が故障してしまったとしたらどうでしょうか。

私は、すごく後悔すると思いました。

アスペルガー症候群の場合は、特に、子供が育つことでしか、どこまで社会に適応できるようになるかは分かりません。

太郎のケアを始めてから10年経ってみて、ひょっとしてこのままうまく行けば、一人前の大人として巣立たせてやれるかもしれない、と考えられるようになりました。

私のアスペルガーな息子・太郎の子育ては、あと数年で終わるかもしれないのです。

そう思うと、二次障害で太郎自身が病んでしまうのを改めて避けたいと考えるようになりました。

どんなにひどい(アスペルガーらしい)反応が返ってこようとも、もう少し、もう少しと我慢して私は待つのだろうと思います。

観察する、気付く、想像する

「観察する」「気付く」「想像する」は、アスペルガー症候群と付き合うために、最も必要な三大要素です。

彼ら独特の心理や論理が働いていますので、表面に現れている言動だけで見れば、アスペルガー症候群の人は、ただの「ひどい人」です。

特に、母親やパートナーには、外の社会では、使える社会適応スキルを必要だとは思っていないので「極悪人」となります。

主人は、離婚騒動の時にこう言いました。

「この高いローンを組んだ家はあなたのためです。離婚するなら、責任をとってこの家を私から買い取ってもらう。それに対する慰謝料も請求できる。」

正直、「なんだこの男は!」と思ってしまいます。

しかし、一応主人の考え方からすると、私への愛情は「高いローン」で表現されているようなのです。(主人本人の解説による)

愛情が無い訳ではないらしいのです。

熱帯魚を愛している人が、高い設備に投資しているのと似ているかも知れません。

アスペルガーの発するとんでもない発言の裏を、彼らを観察することで、気付いて(時にインタビューして)、想像できるかどうかが、アスペルガーとうまく付き合えるかどうかのポイントになります。

非常に手間のかかる人達ですが、少なくとも太郎が手元から離れて行くときまでは、もう少し自分のカサンドラとも付き合っていこうと考えています。



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